長年働く理由
在職のときから気になっていることがあった。
「どうして皆この仕事を続けているんだろう?」
勤務年数がながければ長いほど、することは同じになってくる。
それを何年、何十年と続けることを辛いと思わないのだろうか。
見たところ、好きで好きで仕方なくて、この仕事を続けている人ばかりには見えなかった。
ある日、何十年とこの業界にいらっしゃる先輩に尋ねてみた。
「なぜこの仕事を続けているんですか?」
「嫌になりませんか?」
するとその先輩は少し唸ってから答えた。
「まあ、もうこれしかないと腹くくったんだよねぇ…」
この返答を貰っても、私はピンとこなかった。
それで仕事を何年も続けられるの?と。
またある日、違う職種の人にも同じ質問をしてみた。
すると同じような言葉が返ってきた。
「もうこれしかないから」
ますます私は納得できず頭をかしげた。
そして、自分の出した結論は
「働き続けるということは、もう妥協と諦めでしかないということ」かもしれない、と。
私自身が何をしたいのか明確に分からないで悶々としているからこそ、長年同じ職種を頑張っている先輩たちからその秘訣を聞きたかっただけなのに、結果さらに落ち込む結果となってしまった。
でもある時、もうすでに先輩たちは私にヒントをくれてたと気付いた。
いきなり見えた答え
それは、インスタを暇つぶしに見ていたときのことだった。
発見タブに「やるなら覚悟を決めなさい」という投稿が流れてきた。
その時、いきなり頭にビビッと電気が走って、今までの過去の記憶がすべて結びついた。
そうか!先輩たちは諦めたんじゃない。
この道で何があろうとやっていく、そう覚悟を決めたんだ、と。
不思議なのは、先輩たちは嘘をついていないし、実際本当に諦めただけだったかもしれない。
けど裏を返せば、それも立派な覚悟だった。
私に気づきを与えてくれたその投稿も以前見たことがあるものだった。
初めて見た時、理解したつもりだった。
けれど、自分の中には落とし込めてなかったのだ。
そうなって初めて、私には何も覚悟していなかったんだと気付かされた。
やりたい、やりたいと思いながら、でも..でも…と覚悟を決めきれないでいた。
人によっては、え、何言ってるの?そんなこと?ってなるかもしれない。
でもこの時の私にとってはシナプスの電気が脳に走りまくって、頭の上に電球の明かりがつくほどのAha!体験だった。
言葉や捉え方は不思議で、言葉を頭で理解できていると思っても、本当の意味で理解できていないことがほとんど。
一度自分の中に吸収して、溜め込んで、それが何かの拍子に自分の経験・知識と結びついて、自分の言葉にできたとき初めて「理解した」ことになる。
私はライターになる。それで生計を立てられるようになる。
このとき初めて私は仕事に対して覚悟を決めた。
締め
そんな覚悟を決めるとどうなるのか?
全く揺るがなくなるのか?
そんな訳ない。揺らぎまくりだ。
周りを見るとちゃんと働いている人たちがいて、その人たちにも色々あるだろうけど、それでも毎日働いている人たちを尊敬せずにはいられない。
ましてや、それが自分のためではなく家族や誰かのためなんて、もうもう、すごすぎる。
何も前に進んでいないと、自分がクズの出来損ないのように感じる。
社会不適合者じゃん…と。
そこをAIが励ましてくれる。そんなことないですよ、頑張っていますよ、と。
あ、ありがとうぅぅぅぅ…。
そんな毎日です。
でも、覚悟を決めるだけでは決めきれない腹もあるけれど、自分の弱さや意思を認めるきっかけになったのだから、覚悟を決めるってやっぱ大切。
決めよう、覚悟。
そんなことを思いながら、今日も私は文章を書いているのでした。

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